Not Stockism
インターネットを通じて広告写真を販売するという現在の形のストックフォトビジネスが始まったのが、個人のインターネット環境が整い始めた2000年代に入った直後からでした。ShutterstockやiStockphotoが(はじめは写真共有サイトとして)創設されたのがこの時期です(日本ではその少し後にPixtaやPhotolibralyが創設されています)。
ストックフォトのビジネスは2000年以前にもありましたが(日本では「レンタルポジ」と呼ばれていました)、これまではポジフィルムをレンタルしては返却するという手間がかかったり、「ライツマネージドライセンス」というライセンスの期限が限られた写真の使用しかできなかったため、総じて写真1枚をレンタルして広告写真を作るのに高額な費用がかかりました。ところが、このインターネットを通じてデジタルの形式で写真を販売するという新しい形のストックフォトは、フィルムのやり取りをせずに非常に安い値段でインターネットを通じてデジタルデータとしての写真を世界中の人々に販売することができるようなりました。加えて、写真を期限を限らずに何度でも使えるという「ロイヤリティフリーライセンス」を採用したことで、これまでのストックフォトとは比較にならない利便性と低価格を実現して世界中に市場を拡大していきました。その結果、一気にそれまでの古くからあったレンタルポジとしての旧来のストックフォトを駆逐してしまいました。
そうした新興のストックフォトの創成期からしばらくして2010年あたり頃から、この新しい形のストックフォトに対する批判的な声が一部のフォトグラファーや顧客たちから発せられるようになりました。つまり、2000年に入って以降インターネットを通じたストックフォトビジネスが急速に大衆化された結果、とりわけ人物をテーマにしたストックフォトは商業的な分かりやすさを追求するあまりリアルさを無視し不自然で稚拙な写真を量産しているという批判です。
実際、ストックフォトの創成期には過剰演出気味な誰にとっても分かりやすいポーズをつけた笑顔の若い女性の写真を撮ればよく売れたため、分かりやすい演出写真(コレオグラフィー)が量産されていました。
こうした不自然な写真の大量生産に異を唱えたのが、リアリズムや芸術性を重視する一部のフォトグラファーや一部の顧客(写真の購入者)でした。彼らは「Stocky(いかにもストックフォト的な)」という意味の形容詞を付けてそのような演出過剰気味の写真を批判し、ストックフォトはもっと自然でクリエイティブであるべきで、つまりは「not Stocky」であるべきだと主張しました。
このような動きはノット・ストッキズム(Not Stockism)と呼ばれています。ノット・ストッキズムはとりわけブルース・リヴィングストン(Bruce Livingstone)の周辺に集まる、リアルで自然な写真や、芸術性を志向する一部のフォトグラファーたちによって主張され、欧米で徐々に影響力を強めていきました。
リヴィングストンは元々のiStockphotoの創始者で、2006年に当時のiStockphoto(現iStock)をGettyimagesに売却した後2009年まで(Gettyimages下の)iStockphotoに残ってストックフォト部門の責任者を務めていました。その後2013年にnot Stockyな写真を集めることで有名なストックフォトエージェンシー、Stocksy Unitedを設立して大きな成功を収めています。
現在アメリカやヨーロッパではより自然でnot Stockyなストックフォトが好まれていますが、日本では(以前ほどのStockyさは薄まったとはいえ)Stockyな写真の影響力はまだ強いようです。